キングダムの王翦は史実で最強?功績をすべてまとめてみた。

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キングダムにおける王翦おうせんは作中でもずば抜けた知力・軍略で李牧りぼく廉頗れんぱにも一目置かれる存在です。

また、王翦おうせん史実しじつでも始皇帝しこうていの天下統一で軍事面でもっとも功績が多い将軍でもあります。

ちょうを初めてとしてえんを打ち破るなどこれを上回る功績を残した武官はいません。

王翦おうせんの功績をみて史実しじつで最強の将軍であるか考察こうさつしてみたいと思います。

史実に出てくる王翦


史実しじつにおける王翦おうせん始皇帝しこうていである政の天下統一に必要不可欠な将軍で最も功績のある人物でもあります。

キングダムでもちょう攻略の総大将としてしん軍をまとめており、より大きな局面で戦場を支配しています。

それは戦術という枠組みとは違い戦略的に軍を統率し勝利のため思考を巡らせています。

王翦おうせんの活躍はおよそ100年後に書かれた史記しきのなかで白起はくき王翦おうせん列伝の中で主に書かれています。

この列伝から王翦おうせんの功績を振り返ってみましょう。

趙攻略戦


王翦おうせんの最初の功績はちょうの平定です。

戦国の六国で最初に滅亡したのがちょうですが、この時の王翦おうせんの活躍はまさに歴史に残るものとなっています。

ちょうの重要拠点ぎょうをはじめとする9城を落としています。

その後も桓騎かんきの活躍で宣安せんあん平陽へいようを落としこの時ちょう兵10万が死亡しています。

しかし、このときが王翦おうせんにとって生涯最大の苦難だったように思えます。

後がないちょうは総大将に李牧りぼくを迎え反撃に転じます。

李牧りぼくの才知によって桓騎かんきは討たれ領土も取り返されています。

結局、李牧りぼくしん側の計略によって処刑されてしまいますがこの計略が王翦おうせんの性格を物語っているように思えます。

ちょうのほぼ全軍を握っていた李牧りぼくちょう王は不信ふしん感を抱いていたことでしょう。

後世の人間にとって李牧りぼくの処刑は最悪の手段で、この後すぐちょうは滅ぶのを知っています。

しかし、当事者であるちょう王は疑心暗鬼になって当然です。

李牧りぼくがもし反乱を企てたらちょうは完全に乗っ取られてしまうわけで、その可能性はゼロではないからですね。

イトウ カイヂ

王翦は趙王の心情を読み取りそれを利用して李牧を処刑させている。これだけでも王翦の手腕のすごさが垣間見える

燕攻略戦


ちょうを滅ぼしたしんが次の目標としたのはえんです。

えんちょうの東側、せいの北側に位置する国で、現在では北京があります。

現在では世界有数の都市・北京ですが当時のえんは国力もそこまで強くありませんでした。

王翦おうせんえんに関しては特に苦戦した様子もなく易水でえんを破ると翌年には、子の王賁おうほんとともにえんの都・薊を落とし平定しています。

えん王・喜はさらに東の遼東に逃げ込みましたが、数年後に捕らえられています。

王翦おうせんえん討伐に軍を挙げてから薊を落とすまでわずか2年足らずで達成しています。

ちょうを平定するのに8年かかっていたことを考えると驚異的なスピードです。

国力が低く李牧りぼくのような名将めいしょうがいなかったことも大きな原因ですが、籠城ろうじょう戦ではなく野戦をしたのが大きな敗因だと思います。

邯鄲かんたんから易水(現在の易県)までは350キロあり、これは東京から名古屋と同じくらいの距離です。

馬が一日に移動できる距離が最大50キロらしいので、移動だけで7日かかります。

これだけ距離があると兵隊を養う食料を運ぶだけでものすごい労力がかかります。

なので、しんにとって持久戦になると苦しくなるのは明白、えんが生き延びるには持久戦しかなかったように思えます。

イトウ カイヂ

秦軍はただでさえ遠征していて趙との戦争で物資もそこまで余裕があるようにみえない。王翦にとって野戦で戦えたのは幸運だったと思う

楚攻略


えん攻略の後、引退していた王翦おうせんですが、攻略に李信りしん蒙恬もうてんが失敗したのを機に再び軍の指揮を執ることになります。

この際、王翦おうせんが率いた軍の数は60万、しん軍の大多数を王翦おうせんが指揮することになります。

これだけの軍の指揮を預けられた王翦おうせん始皇帝しこうていから警戒されて当然なのですが、王翦おうせん謀反むほんの意志がないことを証明するため攻略がなった際に土地をもらうように願い出ています。

それも一度や二度ではなく何度も何度も。

あまりにも王翦おうせんが土地の催促をするので部下から注意されるほどでした。

しかし、これは始皇帝しこうていから謀反むほんの疑いをかけられないようにするため土地欲しさに戦争をしていると思わせるためでした。

に入った王翦おうせんはすぐさま攻撃に移るのかと思えば、砦を築いて防戦一方の戦いを演じます。

王翦おうせんの作った砦に軍も大苦戦をして退却を始めますが、この時を王翦おうせんは待ち望んでいました。

退却する軍の後ろをついた王翦おうせん軍は敵を壊滅します。

このときの主力がの主力でしょうからこの戦いでの滅亡は決定づけられたことでしょう。

結局、王翦おうせんは翌年にを滅ぼしています。

イトウ カイヂ

楚軍を率いていたのはこれまた名将といわれる項燕将軍。その名将でさえ油断させた王翦の手腕を評価したい。

王翦は戦国時代最強の将軍か?


王翦おうせんしんの天下統一に多大な功績を残しました。

特にその攻略は王翦おうせん無くしては成しがたかったことでしょう。

ここまでの功績から王翦おうせんは戦国時代最強の将軍ではないとも言われています。

史書の評価

ここで史記しきを記した司馬遷しばせん王翦おうせんへの評価を紹介します。

王翦おうせんしん將,夷六國,當是時,翦為宿將,始皇師之,然不能輔しん建德,固其根本,偷合取容,以至筊身。及孫王離為項羽こうう所虜,不亦宜乎!

簡単に訳しますね。

王翦おうせんしんの将軍で6国を討伐した。しかし、始皇帝しこうていに対して建国の際に徳を積ませることができず地盤を固められずそのため子孫の王離は項羽こううに負けてしまった。

司馬遷しばせんは6国を滅ぼした功績には触れていません。
むしろ6国の滅ぼし方もしくはその後の統治とうちの仕方を問題視しているように思います。

特に項燕こうえん将軍を倒し自害させてしまったのが悪かったようにも受け取れます。

しん滅亡の際にはこの項燕こうえん将軍の子孫・項羽こううしんを滅亡させていますからね。

そのためから恨みを買い子孫の王離が殺されてしまったということでしょう。

王翦への個人的評価


王翦おうせんはよく白起はくき李牧りぼくとあわせて名将めいしょうとされています。

このなかで李牧りぼくとは直接戦っていますので比較がしやすいです。

といっても王翦おうせん李牧りぼくの戦いが詳細に書かれているわけではないので想像になるわけですが。

結局、王翦おうせん李牧りぼくの戦いでは決着がついていません。もしかしたら大きな戦いにすらなっていなかったのかもしれません。

王翦おうせんの行動を考えると李牧りぼくを倒すより、離間の策で李牧りぼくちょう王から殺させるほうが簡単だったことでしょう。

ちょう王に疑いをもたれた李牧りぼくと、攻略の時に大軍を預かりながらも始皇帝しこうていから疑いをもたれなかった王翦おうせん

ここがやはり決定的な違いだと思います。

戦術面において両者は比較できませんが、戦略面においては王翦おうせんのほうが優れていると考えています。

ただし、王翦おうせんの慎重な性格がむやみに李牧りぼくと戦うことはせず、策によって李牧りぼくを葬ったのは言うまでもありません。

 


 

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