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袁術がはちみつ皇帝と言われる理由は?袁紹の違いやどちらが有能だったのか?

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袁術ってどんなやつ?

袁術、字を公路。袁兄弟の駄目な方。ぶっちゃけて言うと袁兄弟のもっと駄目な方。
兄貴こと袁紹が親の金で外車を乗り回す系の放蕩息子なら、袁術は親のコネで夜遊びにふける系の淫蕩息子。

ここまで言っといてなんですけど、袁紹と袁術の関係は異母兄弟に近いものだったりします。

こう見えて青年期はそれなりに真面目。というかいきなり当方の核心に突っ込みますと、

現在知られている『皇帝の名を騙り私欲に溺れた暴君』的なイメージ自体、後世の人々の手により過剰に盛られたものと言っても過言ではありません。

義兄にあたる袁紹の位の高さにねたむ部分こそありましたが、若いころは狭人として有名だったようです。

ざっくり振り返る袁術ストーリー


黄巾の乱が平定され、霊帝が崩御されたのち、黄巾の乱の際の大将軍であった何進は宦官(今でいう官僚の超エリ―ト集団)に命を狙われこれを排除しようとしますが油断を突かれ逆に暗殺されます。

この時、何進の一族と付き合いのあった袁ファミリーは真っ先に宮廷内に突撃。
宦官どもを皆殺しにします。
袁術も、そのなかの前線部隊の一人として活躍したと言われています。

その後、三国志界のジャイアンこと董卓が献帝を擁立。宮廷内の権勢を欲しいままにする人類酒池肉林計画を敢行します。
とうぜんそんな真似は許せないスネちゃまファミリーこと袁一族はダチ公をかき集め董卓と対立します。

後の陽人の戦いとも呼ばれるその戦いのなかで知り合ったのが後に呉を支配する孫一族・三国志界のゴッドファーザー、孫堅(字を文台)です。

この反董卓連合軍は主に『袁紹軍』『袁術軍』そして『その他(曹操とか橋ボウとか、あと演技では劉備三兄弟)』で構成されていたようです。
このあたりから、すでに袁術はそれなりの兵力を持っていたことが伺えます。

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袁術軍の中の孫堅

さて、袁術軍の旗下に加わってい快進撃を続けていた孫堅軍は陽人の戦いの最中、董卓軍の精鋭・徐栄に自軍を打倒されてしまいます。
その際、孫堅のことをよく思わなかった袁術軍の家臣が袁術に取り入り、孫堅に兵糧を送らないように手回しをします。
自軍の配下でさえないポッと出の新参者に手柄を奪われては面白くないと思うものが出るのも無理からぬ話でしょう。
補給を断たれかけた孫堅は直に袁術の下に出向き「私がこの身を投げ出すのは、国家のため、そして貴方の一族が受けた仇を報じるためです。それなのに貴方は部下の陰口を信じ私を疑うのですか!」と忠言します。これに考えを改めた袁術はすぐに孫堅に兵糧を手配することになりました。

一度は敗走した孫堅でしたがその後は敗残兵をまとめ上げ、結果として陽人に拠点を置くことに成功したわけです。
その後彼は見事な防衛線を展開し、あの華雄を打ち破ることに成功しました。

さて、ここで一部の読者様は気が付いたでしょう。そうそこの貴方。演技版三国志とか三國無双とか知ってるそこの貴方です。
ええ、まぁその・・

聞 い て た 話 と 違 う じゃ ね え か

袁術の「ククク、孫堅のやつめ。兵糧攻めにしてくれるわ」的な悪役面みたいな演出は何処に?
その後の「あー兵糧送れんかったわーサーセン(笑)」て平謝りする一連の流れは何処に?
「孫堅は一生懸命やったのに袁術が兵糧渋ったせいで負けたわ!どーしてくれんだ!」的な、あの頃の筆者の怒りは何処に向ければいいの!
謝れ!あの頃の筆者に謝れ!
あと徐栄に謝れ!「おれ頑張ったのに・・・」てそこの隅で凹んでんじゃあないか!

そして関羽のあの「しょーがねーな俺が華雄とっちめてやっからよ、見とけよ見とけよー」みたいな展開の所載が欠片も見当たらねえ件について。
もう武神だからしょうがないか(諦め)

決定的な転機・袁紹との分裂


さて、ここで袁術の顛末を語るにあたり、当時の漢王朝の動きに少しだけ触れておきます。
はっきり言ってしまえば、当時の漢室の内部はガタガタでした。
十常侍らを筆頭にした宦官の収賄や汚職などの政治腐敗が蔓延し、さらに董卓により献帝が擁立された前後を見ても、すでに帝という地位は単なるお飾りでしかなかったのです。

当時、袁紹は献帝を擁立した董卓に対抗するべく後漢の皇族の血を引く劉虞を擁立しこれに対抗しようとします。
血筋や家柄に拘る袁紹らしい判断とも言えますが、これに対し強く反対したのが袁術です。

袁術はこの段階ですでに漢室の存続そのものに疑問を持っていたのです。
かくして、彼の中には自らが帝位に就かんとする野望が生まれたのでした。
その野望が身の丈に合ったものかはともかく、この野心の高さには目を見張るものがあります。

さて、まず袁術は袁紹にヨイショされた劉虞の軍勢を奪い取ろうと画策します。劉虞という人物は善政に定評がありますがその裏返しか争いを好まない温和すぎる性格でした。
劉虞の使者を脅しつけ脅迫の手紙を書かせた袁術は、まんまと劉虞の軍勢を手に入れることに成功します。
これに目を付けた人物がいます。公孫瓚です。彼は袁術の狙いに気づき劉虞を止めようとしますがうまくいかず、それならばと弟の公孫越を劉虞の軍に同行。その際に袁術と同盟を結び劉虞の軍を奪う計画に加担しようとします。

しかしここで思わぬ事態が起きます。袁術と袁紹の間に領地の取り合いが起こり、その戦いのさなかに公孫越が戦死してしまいます。
この遺恨は周囲の劉表まで巻き込み、孫堅。公孫瓚を軸にした争いのなか、兄弟の対立は決定的になったのでした。

偽帝、そして転落へ

そこから袁術自体に目立った活躍はありませんが、実質的に兄の袁紹と国を二分するに等しい力を持った彼は各地に様々な影響を
及ぼすことになります。

この時点での対立の構図としては、

袁術サイド・・袁術、公孫瓚、孫堅、陶謙
袁紹サイド・・袁紹、曹操、劉表

といった顔ぶれでの抗争になるわけなのですが、さっそく序盤戦から孫堅が流れ矢に撃たれ死亡します。親父ィィ!
そしてそれに続くような感じで公孫瓚が味方に愛想つかされて戦死します。

そして陶謙はといえば、ぶっちゃけそこまでやる気ないのであまり頼りになりません。

『いやお前ら俺のこと巻き込んだだけだし。てか話の折り合いためとはいえ曹操の親父さん殺したことにさせるとかなくねえ?とりま劉備くんリスペクトするわ』
孫堅の息子の孫策は出来た子で袁術も溺愛してましたが、反旗を翻されてしまいます。いいとこねぇなおい。

こうしてガタガタになったところを曹操率いる軍勢にボコボコにされた袁術は、今までの拠点を捨てて落ち伸びることになります。

この過程のなかで袁術は、当時劉備のもとに落ちのびていた呂布と手を組む算段を整えますが、結局うまくは行きませんでした。

そのさなか、遂に袁術はある決断を下します。

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袁術は自身の収める寿春を都とし、国号を『仲』と定め、ここに皇帝として即位することになります。
先に述べた通り、袁術は現在の漢室の存続自体に疑問を抱いていました。
それゆえか、のちに『漢に代わる者は当塗高なり』という言葉を残しています。
当時の見識として『塗』は道という意味があり、また彼の名である『術』と字の『路』もまた道という意味があります。
つまり当塗高は自身のことを指しているといわれています。

皇帝になった袁術のその後

こうして皇帝に即位した袁術ですが、当然周囲の反発も多く、また彼自身が私利私欲のままに放蕩な生活を
送ったことによる重税に民衆の反発や家臣の相次ぐ離反に見舞われてしまいます。

そこから袁術は呂布に使者を送りますが彼はその使者をそのまま曹操に引き渡し、これを処刑させます。
使者が死者と化したこの仕打ちに(精一杯ボケたつもり)袁術は激怒し、呂布を攻めますがあっさり返り討ちに。
その後、他所でチョロチョロしてたら「お前もうほんといいかげんにしとけよ」と辺りを仕切ってたインテリヤクザこと曹操軍にサクっと成敗されてしまいます。

その後なんとか呂布と同盟を結びますが(自分のことボコったやつと同盟結ぶの何度目だこの人)
流石の呂布も曹操軍の攻勢の前に敗北。ちなみにこの時の袁術は指をくわえてみてるだけ。
理由は『昔裏切られたから』
何がしたくて同盟結んだのだお前は。

敗戦に敗戦を重ね、既に今シーズンの存続が絶望的な袁術ですが、このとき彼は袁紹と曹操の激突を予期しており、連戦により疲弊した曹操軍を打とうと袁紹に庇護を求めようとします。
既に九回裏にしてこの分析力と根性は大したものです。これがスポコンなら逆転する。スポコンならなぁ!
あいにく三国は非情である。

逃避行のさなか、袁術はついに病にかかり病死。
その身にありあまる野望を抱き欲望のままに生きた男はここに最後を迎えました。あぁ無情。

蜂蜜、そして伝説へ・・


それは消える間際の鬼灯の如く、真の男は散り際にこそ伝説を残すもの。

それは彼が没する直前の出来事、

既に食糧など麦くずがほんのわずかという中、

彼は寝台に腰を下ろし呟いた。

『―――蜂蜜水が、飲みたいなぁ』

「・・ねーよスカタン」

『ゴホォアッッ!!』

「吐いた!袁術様が血を吐いた!(量にして一斗→およそ2リットル)」

「謝れ、袁術様に謝れ!」

『・・・( ˘ω˘)スヤァ』

「袁術様が死んだ!」「この人でなし!」

というわけで、『一斗/そこまで吐いたら、終わり。』の物語は幕をおろすのでした。

・・すいません此処までボケ倒しが過ぎました(反省)

ざっくり総じて袁術を振り返る

馬鹿じゃない、ただ暴君なだけ。

戦術眼や分析眼、とくに時代の先や武将たちの動きを読むセンスにかけては決して他の英傑たちに引けをとらないものを感じます。
ただその放蕩な性格が悉く悪い結果を生み出してしまった、悲劇の将でありました(自業自得ですが)

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