キングダムの趙の歴史を5分で解説!趙滅亡の原因はダレだ?

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キングダムにおけるちょう李牧りぼく筆頭ひっとうに武力・知力に優れる将軍が多く出てきます。

李牧りぼく始皇帝しこうていの時代に唯一しんから領土を奪い返した名将めいしょうです。しかし、キングダムでは兵の数も多く、多くの将軍を抱えているちょうは実際の歴史でも強国だったのでしょうか?

 

 

実際にキングダムの時代つまり始皇帝しこうてい嬴政えいせいが即位したころは天下統一の下地が整っていて、始皇帝しこうていのやったことは消化試合だったという人もいます。

歴史上のちょうはどのくらいの強さがあったのでしょう。

ちょうの建国から滅亡までを追っていきたいと思います。

イトウ カイヂ

今回の記事は趙の建国や滅亡の流れを大まかに知りたい人にオススメだ!

趙の誕生


キングダムは戦国時代末期のマンガですが、ちょうが出来たのは戦国時代初期になります。

元々、ちょうという国はなくしんという国がありましたが、このしんが分裂してちょうが誕生しています。

 

 

しんは由緒正しい家柄に加えしんの文公(重耳)という名君が現れ中原ちゅうげん(中華)の覇者になります。

しかし、に敗れたことでしんに内乱が起き王族が激減したため大臣たちが権力を握るようになっていきます。

 

 

その大臣たちの中で権力を持っていたのは智氏ちしちょう氏・氏・かん氏の4つでした。

そのうち、一番力を持っていたのが智氏ちしちょう氏の領土を奪うため氏・かん氏と結託して攻撃を仕掛けます。

 

 

ちょう氏の居城きょじょうしん陽の守りが固いことを悟った智氏ちしは水攻めを敢行。

水攻めの威力はすさまじく食料も底をつきかけていましたが、ちょう氏は何と1年持ちこたえてみせました。

イトウ カイヂ

食料がなくなった趙氏の軍は悲惨を極めたらしい。あまりにも食べ物がなく人肉を食べるものも...

趙・魏・韓の建国と智氏の没落

ちょう氏の絶体絶命の状況は変わらず城はいつ落ちてもおかしくない状況です。

そこでちょう氏が考えたのが氏・かん氏を味方に引き入れることでした。

 

 

日ごろから智氏ちしは横暴で氏・かん氏はそれぞれ領土をとられている過去もあります。

そこでちょう氏は氏・かん氏に密書を送ります。

 

 

ちょう氏「智氏ちしは強欲であるのは君たちからみても明らかだろう。その智氏ちしが我が領土をとっただけで満足すると思うか?必ず氏・かん氏お前たちの領土を奪いに来る。その前にちょう氏と組んで智氏ちしを倒すのが賢明ではないか。」

 

 

智氏ちしの横暴さに嫌気がさしていた氏・かん氏はちょう氏のこの提案に乗り智氏ちしは滅亡しました。

残った3人はしんの領土をそれぞれ分割しちょうかんの国を建て独立します。

趙の最盛期・武霊王の時代


ちょう君主くんしゅで最高の名君といえば武霊王ぶれいおうです。

この武霊王ぶれいおうなにがすごかったかというと戦に強かったのです。

 

 

武霊王ぶれいおうが即位する前のちょうははっきり言って弱い国でした。

この時の中華での強国はしんせいであり、この2国に挟まれた形のちょうは非常に苦しい道を辿っていきました。

 

 

そしてちょうは国力もこの時は低かったのです。

戦国末期になるとちょうの首都・邯鄲かんたんは中華一の都と呼ばれるようになりますが、この時のちょうの土地は痩せていてあまり作物が取れない土地です。

 

 

趙は山も多く北方では遊牧民族との小競り合いが起きており国力を消耗し続けていました。

そんな弱小国だったちょうを一代にして強国にのし上げたのが武霊王ぶれいおうでした。

イトウ カイヂ

武霊王は30年以上政治の実権を握っていた。長生きするのも名君の条件かもしれない

武霊王と騎兵隊[胡服騎射]

武霊王ぶれいおうのエピソードとして有名なのが中山国の併呑でしょう。

中山国は周りのほとんどをちょうに囲まれていて残りのかすかな部分もえんと国境を接しています。

 

 

他の国とは違い遊牧民が興した国であることから資料が少ないですが、長年国全体が富国強兵に勤めたことから手ごわい国になっていました。

ちょうにとって中山国はとても目障りな存在です。他国と同盟どうめいを組まれでもしたら内と外から攻撃されいくらちょうといえども大きな被害を受けるでしょう。

 

 

しかし、遊牧民族だった中山国には大きな武器がありました。

それは騎兵きへい隊です。

 

 

当時、中華には騎兵きへい隊はなく長らく戦車隊が用いられてきました。

騎兵きへい隊の強さはその機動性にあります。戦車隊も馬を用いているので直線でのスピードは歩兵隊とは比べるべくもないですが、いかんせん小回りが利きません。

 

 

突如襲い来る騎兵きへい隊に歩兵隊は蹂躙されるだけでした。

そこで武霊王ぶれいおうちょう軍にも騎兵きへい隊を導入するべく動き出します。

 

 

しかし、遊牧民族の慣習を毛嫌いするものが多く騎兵きへい隊の導入は行き詰りますが、結果として武霊王ぶれいおうが粘り強い説得のおかげで騎兵きへい隊が導入されます。

これがのちの時代に「胡服騎射こふくきしゃ」の故事成語になります。

 

 

この胡服騎射こふくきしゃの導入によってちょうの武力は大きく増強され中山国を併呑し、中華での存在感を増していきます。

イトウ カイヂ

既存の価値観や風習にとらわれず、新しくて良いものを吸収する。これが古今東西の英雄の条件

秦の侵攻


武霊王ぶれいおうの治世で最盛期を迎えたちょうですが、武霊王ぶれいおうの死とともに徐々に力を失っていきます。

決定的だったのが長平の戦いです。

この戦いはしんちょうの領土を侵したことで始まりました。

 

 

しん王齕おうこつを総大将として攻めてきましたが、ちょう側の総大将だった廉頗れんぱは守備に全振りして城に籠城ろうじょうしています。

王齕おうこつ廉頗れんぱを攻めるも城を落とすことができずにいましたが、ちょう孝成王こうせいおうしんの策に乗ってしまったため廉頗れんぱを解任しています。

 

 

さらに総大将を王齕おうこつから最強の将軍・白起はくきにかえ必勝の準備を整えちょうとの決戦に臨みます。

結局、廉頗れんぱの代わりに総大将になったちょう括は白起はくきにコテンパンにされ討ち死にします。

 

 

総大将を失ったちょう軍は降伏こうふく者が続出しますがしん軍はそのほとんどを処刑します。

その数は一説に45万とされていてちょうの国力は大きく削がれ滅亡の道を進むことになります。

イトウ カイヂ

結局この時は、秦内部でいざこざが起きて趙が滅びることはなかったが、45万の兵士を失った趙に全盛期の姿はなかった。

趙の滅亡


長平の戦いで多くの兵を失ったちょうでしたが、なんとか国として存続していました。

首都・邯鄲かんたんを包囲されていましたが、の助力もありなんとかしんを撤退させています。

 

 

時代はすこし進み始皇帝しこうていの時代になった時、ちょうに再び侵攻しんこうを始めます。

攻めてきたのはこれまた白起はくきと並ぶしん名将めいしょう王翦おうせんぎょうなど重要拠点を次々と落としていきます。

 

 

当時のちょう王・幽繆ゆうぼく王は北方で遊牧民族相手に功績をあげていた李牧りぼくを大将軍にするとこれが大活躍します。

李牧りぼく副将ふくしょう桓騎かんきを討ち取ると次々としん軍を撃破げきはします。

 

 

しかし、しん李牧りぼく謀反むほんを企てていると幽繆ゆうぼく王を疑心暗鬼にさせ李牧りぼくはなんと処刑されてしまいます。

李牧りぼくの死とともにちょうの命運は尽き、まもなくちょう軍は大敗たいはいを期し首都・邯鄲かんたんも包囲され落城してしまいます。

イトウ カイヂ

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イトウ カイヂ

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